明戸白糸の滝(Aketoshiraito no taki)

埼玉県深谷市本田
 明戸白糸の滝は、荒川の流れを利用して造られた人工の滝である。



撮影2025/8/4
 続百名城に選定されている忍城(118番)を訪ねた。
 忍城は文明10年頃(1478年)、成田顕泰によって築かれ、その後も上杉謙信の包囲(1574年)、石田三成による水攻め(1590年)を耐え抜いたことで、守りやすく攻めにくい難攻不落の城として名を馳せた。
 特に天正18年(1590年)の水攻めは有名で、映画『のぼうの城』の題材にもなっている。
 江戸時代には忍藩十万石の政庁として、大河内松平家、阿部家、奥平松平家と藩主が移り変わり、明治維新を迎えた。
 明治に入ると建物は撤去され、現在は忍公園として整備されている。
 園内には忍城址の石碑が立ち、行田市郷土博物館が開館している。
 御三階櫓は文献をもとに鉄筋コンクリートで外観復元された。
 橋越しに眺める姿が撮影スポットとして人気だ。
 続いて明戸白糸の滝に行きました。
 忍城を後にし、明戸白糸の滝へ向かった。
 駐車場に車を停め、草の茂る道を歩く。見た目ほど歩きにくくはなく、ほどなく滝に到着した。
明戸白糸の滝(アケトシライトノタキ) 落差1m 時間5分 評価2/10
 川幅いっぱいに荒川の水が白く流れ落ちている。
 落差こそないが、圧倒的な水量に思わず足を止めた。
 均等に水が落ちるよう設計されており、測量の精密さに感心させられる。
 滝の映像
 続いて、百名城に選定されている鉢形城(18番)へ向かった。
 鉢形城は荒川に面した断崖上に築かれ、南側には深沢川が流れ、自然の要害を成している。
 文明8年(1476年)に長尾景春が築城し、その後は上杉氏、北条氏と城主が代わり、最後は豊臣秀吉の小田原征伐により一ヵ月の籠城の末、落城した。
 三の曲輪に入る。
 広々とした空間が広がっていた。
 石垣は自然石を積み上げたような素朴な趣がある。
 御殿曲輪には鉢形城址の石碑が立ち、曲輪からは荒川の流れが望めた。
 この断崖を前にすれば、確かに攻める側にとっては容易ではなかっただろうと実感する。



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