盤石の滝(Banjyaku no taki)

静岡県田方郡函南町桑原地図
 盤石の滝は、函南町桑原の山あいにひっそりと落ちる滝である。



撮影2025/02/26
 盤石滝への入口は、漢字こそ異なるものの「磐石橋」という名の橋のそばにあった。
 車を橋近くの路肩に停め、30メートルほど歩くと滝への案内が現れる。
 滝までは400メートルとのこと。
 最初は竹林の中を少しづつ坂道を登って行く。
 入口から8分ほどで林道終点に着く。
 するとツバキの向こうに崖が見えた。
盤石の滝(バンジャクノタキ) 落差5m 評価3
 ところが、肝心の滝には一滴の水も流れていなかった。「盤石」という名とは裏腹に、静まり返った岩肌だけが残されている。
 せっかく来たのに…と肩を落としつつも、気を取り直して近くの百名城・山中城(40番)へ向かうことにした。
 山中城は、小田原を本拠とした北条氏が小田原城を守るため、永禄年間(1560年代)に築いた山城である。
 障子堀をはじめとする巧妙な防御施設を備えていたが、天正17年(1589年)の豊臣秀吉による小田原征伐では、3千の兵が6万8千の秀吉軍に包囲され、半日で落城した。
 23倍の兵力差では、いかに堅城といえども抗しきれなかったのだろう。
 現在は芝生に覆われているが、かつての関東ローム層は滑りやすく、一度落ちれば抜け出せなかったという。
 山中城址の立派な石碑があった。
 西の丸を囲むように掘がめぐらされている。
 西の丸には物見台も造られていた。
 続いて二の丸へ向かう。
 天守台は本丸のはずれにあった。
 北の丸は広々としており、往時の規模を想像させる。
 本丸守護の為に建てられた駒形諏訪神社があった。
 ここには樹齢600年、樹高28メートルの大カシが立っていたが、平成30年(2018年)9月に倒壊してしまったという。惜しい限りだ。
 山中城落城の際、北条氏勝の自決を思いとどまらせ逃がした間宮康俊らの墓もある。
 さらに「芝切地蔵」の伝承も残る。
 旅人が「私を地蔵尊として祀れば良いことがある」と言い残して亡くなり、その通りに祀ったところ、供養に合わせて作った小麦まんじゅうが名物となり、村の一年分の費用を賄ったという。
 単にまんじゅうが美味しかっただけかもしれない。
 山中城址を巡った時間は1時間強。山城の歴史は静かに、しかし確かに心に残った。



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