武甲山不動滝(Bukozan Fudotaki)


埼玉県秩父郡横瀬町横瀬
 不動滝は武甲山表参道登山道の途中に見ることが出来る。



撮影2022/3/12
 二百名山のひとつ、武甲山を歩くことにした。
 石灰岩の採掘によって山肌は大きく削られ、表側は痛々しい姿をさらしている。それでも裏側には豊かな自然が残り、日本百低山や花の百名山にも選ばれている。
 “失われたもの”と“残されたもの”が同居する、不思議な山である。
(携行装備)
 ・登山靴、ダブルストック、ゲイター、チェーンアイゼン、毛糸帽子、冬山手袋、レインウェア、冬山ジャケット
 ・GPS、コンパス、高度計、気圧計、温度計、地図、デジカメ、ヘッドライト
 ・食料(おにぎり×1、バナナ×1、チョコレート×1、柿の種とピーナッツ・アーモンド、ペットボトル×4) 
(7時30分)
 一の鳥居から歩き始める。
 武甲山の登山道には1丁目(109メートル)ごとに丁石が置かれ、山頂までは52丁目。昔の参詣道の名残が今も息づいている。
 登山口のトイレは改修工事中。
 道の脇には名前があってもよさそうな小滝が流れていた。
 林道を横切る。
 すると持山寺方面との分岐に出た。
 ここから斜度が増し、山らしい登りが始まる。
武甲山不動滝 (ブコウザンフドウタキ) 落差35m 評価4
 登山口から40分ほどで不動滝に着いた。
 小さな滝だと思っていたが、上流にも段が続き、総落差は30メートル以上ありそうだ。
 滝の映像
 祠には目を釣り上げたお不動様が祀られ、山の険しさを象徴するような表情をしていた。
(8時30分)
 25丁目の丁石を見つけて「中間点だ」と写真を撮ったが、実際には山頂は52丁目。少し早とちりだったようだ。
 やがて石積場に出る。山頂付近で採掘された石灰石をここまで運び、積み上げていた場所らしい。
 登山道を進むと、前方に大きな杉が現れた。
 根元の案内板には「あと60分」とある。
(9時00分)
 その名も“大杉の広場”。ベンチがあり、ここでひと息つく。
 広場を過ぎると雪が現れた。
 アイスバーンになった箇所もあったためチェーンアイゼンを装着した。
 持山寺コースとの分岐を過ぎると、山頂はもうすぐだ。
 52丁目の御嶽神社に到着。
 祠の前には「登山安全、日々の感謝を込めて」と書かれ、28〜29丁目間の道祖神祠へ納める“石積場の石”が置かれていた。初穂料100円を納め、ひとつ頂く。
(10時10分)
 御嶽神社の裏手の斜面を登りきると山頂に出た。
 かつて武甲山は標高1336メートルあったが、採掘により標高を下げ1304メートルになっている。現在、最高地点は立入禁止だ。
 二等三角点「武甲山」の標高は1295メートル。
(10時45分)
 山頂には30分ほど滞在した。武甲山で電波が入るのはここだけで、ついスマホをいじってしまう。
 下山時、石積場に“SK”とマジックで書いた石をそっと納めた。
(12時20分)
 登山に要した時間は4時間50分。
 戻ってみると、路肩まで車がぎっしり。武甲山の人気ぶりを実感する。
 どうして武甲山があのような姿になったのか、改めて知りたくなり、秩父市の武甲山資料館へ向かった。
 武甲山資料館は羊水公園の中にある。
 こちらが武甲山資料館に展示されていた石灰岩を採取される前の武甲山。
 武甲山は、日本武尊が自らの甲を奉納したと伝わる由緒正しい山であり、秩父市を見おろすかのような堂々とした山容だった。
 現在の武甲山は、山頂は削り取られて見る影もない。
 しかし、ここで採取された石灰岩が日本の高度成長を支えたのもまた事実である。
 公園の地図に“牧水の滝”の文字を見つけ、滝好きとしては見過ごせず足を向けた。
牧水の滝 (ボクスイノタキ) 落差10m 評価2
 丘を少し下ると滝があったが、水はまったく流れていない。
 一番下まで降りると若山牧水の歌碑があったが、周囲は廃墟のようで寂しさが漂っていた。
 秩父市は1960年に8万人を超えていた人口が、現在は6万人強。人口減少が進む中、文化施設の維持も難しくなっているのだろうか。
 滝の静けさと荒れた周囲を眺めながら、町の未来に少し思いを馳せた。



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