洞鳴の滝(Domei no taki)

佐賀県佐賀市三瀬村三瀬地図
 福岡から国道263号線を走り、三瀬トンネルを抜けて吉野ヶ里方面へ向かうと、道路沿いに「洞鳴の滝」の案内板がひっそりと姿を見せる。



撮影2025/10/8
 14年ぶりに吉野ヶ里遺跡を訪れた。
 まず向かったのは、指導者あるいは支配者層が暮らしたとされる南内郭である。
 軍事や土木を司った大人(ダイジン)の住居が復元されていた。
 物見やぐらもそびえている。
 物見やぐらに登ると、弥生の人々が見渡したであろう広い平野が遠くまで見通せた。
 王の住居が修理中で見学できなかったのは残念だ。
 続いてまつりごとを司る最重要区域・北内郭へ向かう。
 1ここには高さ16.5メートルの巨大建物があったと推定される。
 2階は指導者たちが重要な決定を下す場だ。
 3階は最高司祭者が祖先の霊に祈りを捧げる神聖な空間として復元されていた。
 小高い丘に築かれた北墳丘墓は、今から2100年前にこの地に葬られた王の墓と考えられている。
 内部には本物の遺構と甕棺が展示され、弥生の死生観が静かに伝わってきた。



撮影2011/8/12
 道洞鳴の滝が、路脇から滝の落ち口がわずかに見える。
洞鳴の滝(ドウメイノタキ) 落差10m 評価4
 滝前までの案内はなく、無理をしてまで近づく滝ではなさそうだったため、遠望で我慢することにした。
 深い森の奥で、ひっそりと水音だけが響く。そんな滝だった。
 滝の映像
 洞鳴の滝から百名城に選定されている吉野ヶ里遺跡(88番)へ向かった。
 かつては静岡県の登呂遺跡が弥生時代を代表する遺跡として知られていたが、今では邪馬台国論争とも絡み、吉野ヶ里遺跡こそ弥生時代を象徴する存在となっている。
 これは一般庶民の住居。
 市場が開かれたと思われる倉も再現されている。
 そしてまつりごとの中心となる主祭殿が堂々と立っていた。
 中国の遺跡を参考に高さ16.5メートルで復元され、最高司祭者(巫女)が祖先の霊に祈りを捧げたと推察されている。
 弥生の暮らしと祈りが、今も風の中に残っているようだった。



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