竹の丸庭園滝石組(Takenomaruteien takiiwagumi)

静岡県掛川市掛川地図
 百名城の掛川城(42番)の城内に佇む竹の丸庭園は、山之内一豊が城主となった際に拡張した跡地に、葛布問屋「松屋」を営んでいた松本家が本宅として建てた建物である。のちに掛川町へ寄贈され、現在は掛川市が大切に管理している。



撮影2024/4/26
 門前に立つと、旧家らしい重厚な構えがまず目に入る。
 敷居をまたげば、室内には料亭を思わせる静かな空気が漂い、時の流れがゆるやかにほどけていくようだった。
 二階へ上がると、庭園越しに掛川城の天守が望める。しかし視界の端に電柱が立ち、わずかに興を削ぐ。ところが調べてみると、掛川市では2023年度から2年間にわたり城周辺の無電柱化を進めているという。数年後には、より美しい眺めが広がるのだろう。
 庭園には、川を模した丸石が敷き詰められ、静かな流れを思わせる景観が続く。
 その奥に、滝に見立てた立石が姿を現した。
竹の丸庭園滝石組(タケノマルテイエンタキイワグミ) 落差2m 評価2
 立石には横筋が幾重にも刻まれ、荒々しい水の奔流を表現している。人工の造形でありながら、自然の息遣いを感じさせる見事な石組であった。
 せっかくなので、庭園を後にして掛川城へ向かう。天守へ続く道の途中には二の丸茶室があり、ここでは2010年から将棋の王座戦が行われているという。歴史と現代が静かに交差する場所だ。
 二の丸御殿は、1854年の安政地震で倒壊したのち、幕末ぎりぎりの1861年に再建された。藩主の居所であり政庁でもあった御殿は、現在国内に四つしか現存しない(川越城本丸御殿、掛川城二の丸御殿、二条城二の丸御殿、高知城本丸御殿)。ある意味では、全国に12しか残らない現存天守よりも貴重な存在といえる。
 丘の上に天守が姿を現す。
 城の再建といえば鉄筋コンクリートが一般的だが、掛川城は当時の図面と山之内一豊が築いた高知城を参考に、日本で初めて木造で再建されたという。建造費11億円のうち、10億円が寄付で賄われたというから驚くほかない。鉄筋なら6億円で済むところを、あえて木造にこだわったのだ。
 寄付10億円のうち、白木ハナヱさんという一人の女性が5億円を寄せたことも大きかったらしい。当時の榛村市長が「神さま、仏さま、白木さま」と語ったという逸話も残っている。
 天守に立ち、山之内一豊になったつもりで掛川の街並みを見渡す。高い建物がほとんどなく、視界は遠くまで澄み渡る。
 人口11万人、財政規模280億円ほどの地方都市が木造天守を再建したという事実が、この広々とした景色の中でいっそう胸に迫ってくる。
 天守前に広がる花畑もまた見事で、旅の締めくくりにふさわしい彩りを添えてくれた。



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