滝を後にし、次の目的地である続日本百名城に選定されている増山城(135番)へ向かう。まずは砺波市埋蔵文化財センターで情報を集めることにした。
館内に入ると、どこかユーモラスな微笑みを浮かべた土偶が出迎えてくれ、思わず足を止める。 |
展示されたジオラマは城の構造を立体的に示し、これから歩く道筋を頭の中に描くのに十分だった。 |
城への入口となる和田川ダムへ向かう。 |
増山城の歴史は古く、南北朝時代の14世紀後半、和田城として史料に姿を現す。その後、神保氏、上杉氏、佐々氏と城主がめまぐるしく入れ替わり、最終的には前田氏の治下で一国一城令により廃城となった。 |
ダムの堤を渡ると簡素な城門があり、ここから山道が始まる。 |
途中、一瞬「熊除けの鈴か」と身構えたが、近づいてみれば記念の鐘であった。 |
山道には堀切も残り、往時の防御の工夫が随所に見て取れる。 |
やがてF郭に到着した。冠木門側、いわば裏口からの侵入を監視するために設けられた曲輪で、三方を斜面に囲まれた要害の地だ。 |
さらに進むと、馬之背ゴと呼ばれる細長い尾根に出る。冠木門と七曲り口の双方から迫る敵を最前線で食い止めるための防衛拠点で、その名のとおり馬の背中のように細く、L字形に曲がった地形が印象的だった。 |
二の丸へ向かう途中、城で唯一の石垣が姿を現す。鏡石※として築かれたのだろうか、来訪者に威厳を示すための象徴的な石である。
※鏡石
来城者に威圧感を与え、城主の権力や財力を誇示するために城の入口の石垣に置かれる石。 |
一の丸に着く。一般的な城では数字が小さくなるほど中心に近づくが、増山城では一の丸は中心ではない。冠木門と七曲り口からの敵を監視し、馬之背ゴと挟撃するための位置に置かれている。 |
城の中心は二の丸で、立派な案内板が迎えてくれた。 |
ここは城内最大の曲輪で、縄張りのほぼ中央、最も高い位置にある。 |
二の丸には「神水鉢」と名付けられた石造物があり、庭園の手水鉢のような姿をしているが、中央に穴が開いており、旗を立てていたと伝わる。 |
二の丸の北東の角には鐘楼堂と呼ばれる櫓台が残り、近世城郭でいう天守の役割を担っていたと考えられている。 |
二の丸から細長く伸びる尾根には「無常」と名付けられた曲輪もあった。 |
三の丸を巡り終え、主要な曲輪の散策はひと区切りとなる。気づけば歩き始めてから一時間強。思いのほか時間を要したが、山城ならではの静けさと、歴史の層を踏みしめるような充実したひとときだった。 |