御薬園の滝(Oyakuen no taki)

福島県会津若松市花春町8
 御薬園は、鶴ヶ城の東側に位置し、徒歩15分ほどで辿り着く。心字の池を中心とした回遊式の借景庭園と、薬草を育てる薬草園を備え、その名の通り“薬の園”としての歴史を今に伝えている。



撮影2025/7/20
 10年ぶりに会津若松城を訪れた。
 表門(鉄門)は切込ハギで隙間なく組まれ、堅牢な造りが目を引く。
 天守まで歩いたものの、残念ながら時間切れで内部には入れなかった。
 会津若松城の始まりは1384年、蘆名氏が黒川城を築いたことに遡る。
 その後、伊達氏、蒲生氏、上杉氏、加藤氏、保科氏と城主が目まぐるしく交代し、最後は会津松平家が治めて明治維新を迎えた。幕末の会津戦争で天守は大きく損傷し、のちに解体される。
 なお、明治期の写真には屋根に鯱が乗っていない。
 1965年、鉄筋コンクリートで外観復元された。
 外観復元の際、施工を担当したハザマから、名古屋城の金鯱と対になるよう銀鯱が寄贈された。全身が銀箔、牙と目は金箔、瞳には2カラットのダイヤモンド、豪奢そのものだ。
 2010年の瓦葺き工事では取り外す案もあったが、江戸期の絵図にも鯱が描かれており、何より贈り物を外すのは惜しい。今も天守の象徴として輝いている。



撮影2015/12/30
 山形へスキー旅行に出かけたものの雪のコンディションが悪く、観光に切り替えてあぶくま洞と会津若松市を巡った。
 御薬園に入ると、冬の風物詩・雪吊りがまず目に飛び込んでくる。
女滝 (メタキ) 落差1m 評価2
 心字池を中心とした典型的な池泉回遊式庭園で、二つの滝が配されている。
 こちらは女滝。静かに水が落ち、冬枯れの庭に柔らかな表情を添えていた。
 池には島があり、薬寿亭という茶室が建っている。
 方丈造りの落ち着いた佇まいで、庭園の景色とよく調和していた。
男滝 (オタキ) 落差1m 評価2
 男滝は女滝よりも水量が多く、その違いが名前の由来なのだろう。
 冬の澄んだ空気の中で、わずかな水音が心地よく響いていた。
 滝の映像
 御薬園は人影もまばらだったが、近くの百名城に選定されている鶴ヶ城(12番)は驚くほどの賑わいだった。外国人観光客が少なく、地元のリピーターが多い印象を受けた。
 廊下橋を渡り本丸へ入る。
 幕末の戊辰戦争では、1ヵ月の籠城の末、板垣退助の開城勧告を受けて開城した。
 天守は損傷が激しく解体されたが、1965年に鉄筋コンクリートで復元されている。
 天守の周囲には天守より高い建物がなく、市内が一望できた。
 城内には茶室「鱗閣」がある。千利休が秀吉に反目して切腹した際、会津城主・蒲生氏郷は利休の子・少庵を匿い、茶道の灯を絶やさぬよう守った。その時に建てられたのが鱗閣である。
 のちに京都へ戻った少庵の孫たちは、表・裏・武者小路の三千家を興し、今日の茶道の隆盛へとつながっていく。会津の地が茶道史に深く関わっていることを改めて知る旅となった。


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