清水園滝石組(Shimizuen takiiwagumi)

新潟県新発田市大栄町7丁目9
 清水園は元禄時代、新発田藩溝口家の下屋敷に造られた池泉回遊式庭園で、藩主の風雅な趣味を今に伝えている。



撮影2025/8/2
 新発田城を再訪した。
 新発田城は鎌倉時代初期、佐々木盛綱の傍系である新発田氏によって築かれたと考えられている。
 天正15年(1587年)、新発田重家の乱により新発田氏は滅亡し、城は上杉氏の領地となった。
 その後、上杉氏の会津転封に伴い、文禄6年(1597年)に溝口氏が入封し、明治維新まで続いた。
 明治初期の廃城令により、本丸表門と二の丸隅櫓を除く建物はすべて破却されたが、平成16年(2004年)に三階櫓と辰巳櫓が復元され、城郭らしい姿が戻りつつある。



撮影2024/10/17
 立派な大門をくぐり、清水園の庭園へ足を踏み入れる。
 目の前には大きな池が広がり、手前の石は礼拝石だろうか、静かに据えられている。
 書院から眺める額縁庭園も見事で、切り取られた景色が一幅の絵のようだった。
 州浜の曲線は実に美しい。
 その先には岬灯籠が佇んでいる。
清水園滝石組(シミズエンタキイワグミ) 落差5m 評価2
 岬灯籠の向こう、対岸に目を凝らすと小さな滝が流れ落ちていた。
  近づいてみると、流れを分けるように小さな石が置かれている。
 上流にも小さな滝が続いていた。控えめながらも庭園の奥行きを感じさせる演出だ。
 滝の映像
  苔庭は一面が緑に染まり、息をのむほど美しい。
  大津・瀬田の唐橋を模した石橋は慎重に渡った。
  池の中には立石が三つ並び、絶妙なバランスで景色を引き締めている。
 資料館には、堀部安兵衛が江戸へ出る前に帯びていた刀が展示されていた。
 道路を挟んだ向かいには足軽長屋も残され、往時の生活を偲ばせる。
 折角なので、近くの百名城・新発田城(31番)へも足を延ばした。
 復元された三階櫓は堂々とした姿で、石碑と並ぶとまるで天守のような風格だ。
 実は、名称こそ「櫓」だが、幕府に遠慮してそう呼んだだけで、実質的には天守であったという。
 なお、新発田城の大部分は現在自衛隊敷地となっており、見学できるのは辰巳櫓・表門・旧二の丸隅櫓のみ。三階櫓は堀の外から眺めるだけで、中に入ることはできない。
 旧二の丸隅櫓は国指定重要文化財。
  辰巳櫓は復元され、往時の姿を今に伝えている。
 表門は国指定重要文化財だ。
 初代藩主・溝口秀勝侯の銅像は武士姿ではなく衣冠束帯で、いかにも江戸時代の大名らしい風格があった。
 堀の外には堀部安兵衛の銅像も立ち、刀と脇差を帯びた凛々しい姿が印象的だった。



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