永明寺の滝(Yomeiji no taki)

静岡県富士市原田 総合評価2
 永明寺は、行基が開創したと伝わる古刹で、創建は西暦756年。真言宗寺院「大富山 金輪院」として始まり、のちに文明四年(1472年)に曹洞宗へ改宗し、現在の永明寺と名を改めた。
 今川・武田・豊臣・徳川と、時代ごとの有力諸氏の庇護を受けて隆盛し、最盛期には末寺が64を数えたという。



撮影2025/02/25
 三門には不思議な言い伝えが残っているという。
 どこか近寄りがたい雰囲気があり、くぐるのをためらってしまい、私は三門の東側に延びる車道へと足を向けた。
前庭の滝(ゼンテイノタキ)地図 落差2m 評価2
 ふと左手を見ると、小さな滝が姿を見せる。この一帯は湧水が豊富で知られ、この滝もまた湧き出した水をそのまま落としているのだろう。
 本堂の左側を抜けると、水神弁財天の石碑が静かに佇んでいた。
水神弁財天の滝(スイジンベンザイテンノタキ)地図 落差3m 評価2
 木の根元から澄んだ湧水がこんこんと湧き出し、小さな滝となって流れ落ちている。水神様のご利益を思わせる、どこか神秘的な佇まいだった。
 本来なら、永明寺には東海屈指といわれる回遊式庭園「冨士乱水の庭」があるのだが、この日は訪れそびれてしまったのが心残りだ。
 永明寺の右奥には、かつての鎮守堂である滝不動があり、そこにはこんな言い伝えが伝わる。
 昔、いぼに悩む娘が毎日滝不動に参拝していた。満願の21日目の朝、夢枕に不動明王が立ち、「池の水をかけよ」と告げたという。娘が教えのままに水をかけると、いぼはたちまち消え、美しい姿に戻った。
 それ以来、村人たちはこの滝不動を「いぼとり不動」と呼び、広く信仰するようになったという。
いぼとり不動の滝(イボトリフドウノタキ)地図 落差1m 評価1
 お堂の左脇に、湧水がそのまま小さな滝となって流れ落ちていた。素朴ながら、昔話の余韻を感じさせる景色である。
 滝の映像
 永明寺を後にし、近くにある続百名城・興国寺城(145番)へ向かうことにした。
 三の丸に車を停めて歩き始めると、二の丸の向こうに本丸と天守台が姿を現す。
 天守台の麓にある穂見神社は、戦国時代のものではなく、安政元年(1854年)の安政東海地震による大津波で凶作が続いたことを受けて建立されたという。
 神社右手の階段を登り、天守台へ向かった。
 途中、野面積みの石垣が現れ、往時の姿を想像させる。
 天守台の向こうには、富士山が頭をちょこんと覗かせていた。
 天守台からは本丸・二の丸・三の丸が一望でき、戦況を見渡すには格好の場所だったのだろう。
 さらに西の櫓台へと歩を進める。
 すぐ手前を新幹線が駆け抜けていく。
 空堀にも降りてみた。
 今は大分なだらかになっているが、戦国の世にはもっと鋭く切り立っていたに違いない。



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