青麻神社の滝(Aosojinjya no taki)

宮城県仙台市宮城野区岩切青麻沢
 青麻神社は、仙台市宮城野区の山あいに鎮座する古社で、周囲には小さな滝が点在し、静かな霊気を湛えている。



撮影2025/7/23
 まず向かったのは、百名城に選定されている多賀城(7番)。
 多賀城は奈良時代の724年に陸奥国府・鎮守府が置かれ、平安時代の11世紀まで東北の政治・軍事・文化の中心として機能した古代城柵である。
 外郭南門は2023年に復元された。
 2023年に復元され2年しか経っていないが、すでに柱には細かなひびが入っている。江戸時代中期以降に一般化した「背割」が古代建築には施されないため、乾燥による割れが避けられないのだろう。
※背割
 木材の乾燥時に割れを防ぐため、あらかじめ背面に切れ込み(割れ)を入れる加工。
 柱材や角材などに施され、乾燥による自然割れを制御。
 見えない面に入れることで、外観を損なわずに機能性を保つ。
 近くには覆堂が建ち、内部には国宝「多賀城碑」が安置されている。
 762年、藤原朝狩が蝦夷平定の功績を刻んだ碑で、千年以上の時を超えて今もその文字が残っているのは驚きだ。
 なお、藤原朝狩は、正一位太政大臣まで昇りつめた藤原仲麻呂の子供で参議にまで出世するが、764年藤原仲麻呂の乱により一族ことごとく殺される悲劇の主人公でもある。
※碑文の内容
(原文)
 西

 多賀城
  去京一千五百里
  去蝦夷國界一百廿里
  去常陸國界四百十二里
  去下野國界二百七十四里
  去靺鞨國界三千里
 此城神龜元年歳次甲子按察使兼鎭守將
 軍從四位上勳四等大野朝臣東人之所置
 也天平寶字六年歳次壬寅參議東海東山
 節度使從四位上仁部省卿兼按察使鎭守
 將軍藤原惠美朝臣朝獦修造也
 天平寶字六年十二月一日

(訳文)
 平城京へ報告

 多賀城までの距離
  平城京 800km
  青森県境 64km
  茨城県境 220km
  栃木県境 146km
  中国東北部 2,134km
 設置 724年 東北地方統括官および軍司令官 大野東人
 改修 762年 参議・東海~東北軍司令官 藤原朝狩
 建立 762年12月1日
 外郭南門の先には政庁跡が広がっていた。
 多賀城市では政庁の復元計画も進んでいるという。古代史好きには楽しみな未来だ。
 続いて青麻神社へ向かった。駐車場には滝への案内板があり、矢印に誘われるように歩き出す。
麻衣ノ滝(アサギヌノタキ) 落差2m 時間4分 評価1/10
 最初に現れた麻衣ノ滝は、残念ながら水量が乏しく、岩肌を薄く伝う程度だった。
 麻衣ノ滝のすぐ上流にある羽衣の滝も同様。
羽衣の滝(ハゴロモノタキ) 落差2m 時間5分 評価1/10
 落差も水量も控えめ。名の美しさとは裏腹に、静かに流れ落ちるだけの小さな滝だった。
 さらに歩くと竜門の滝の案内があり、細い水路状の段瀑が姿を見せた。
竜門の滝(リュウモンノタキ) 落差1m 時間7分 評価1/10
 こちらも迫力には欠けるが、森の中でひっそりと息づいている。
 境内には伝海尊塚があった。常陸房海尊は源義経の家臣で、衣川の戦いの際に外出していたため生き延び、その後は仙人になったと伝わる人物である。
 1682年に青麻神社を訪れ(500歳?)、中風を治す霊験を示したことから、青麻神社に配祀されるようになった。
 青麻神社そのものも、852年創建という由緒正しい古社で、長い歴史を静かに刻んでいる。
 神社の裏手には「隠大滝」と呼ばれる滝があるという。
隠大滝(カクシオオタキ) 落差5m 時間2分 評価2/10
 ただし大雨の時だけ姿を現す滝で、この日はまったく水が落ちていなかった。
 青麻神社の滝巡りは、雨上がりに訪れるのが良さそうだ。
 滝の映像



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