ハタの滝(Hatano taki)

奈良県天理市布留町
 ハタの滝は日本で最も歴史ある神社の一つである石上神宮の近くにかかる歴史のある滝だ。



撮影2023/11/12
 今回は石上神宮を参拝したが、ガイドさんがずっとつきっきりで案内してくれた。この場を借りて御礼申し上げます。
 石上神宮は非常に歴史ある神社で伊勢神宮と同じく最も古く神宮号を称した神社で、古代、蘇我氏と対立したことで知られる軍事に長けた物部氏が祭祀した。
 主祭神は布都御魂大神、布留御魂大神、布都斯魂大神で、熱田神宮が須佐之男命が退治した際に八岐大蛇の尻尾から出てきた剣(草薙の剣)を祀っているのに対し、布留御魂大神は退治した際に使用した剣(布都御魂剣-フツノミタマノツルギ)を祀っている。
 明治時代の1874年には菅政友大宮司が禁足地から御神体の剣を発掘し、古代からの言い伝えを証明した。
 また、祭事に使用しされていた七支刀は、日本書紀に書かれている百済王が倭王に贈った刀であることが判明し国宝に指定、これらのことからも、石上神宮の由緒が良く分かる。
※最新の調査
 3世紀については「三国志魏書東夷伝倭人条」に邪馬台国女王卑弥呼、5世紀については「宋書倭国伝」に倭の五王(讃、珍、済、興、武)が中国南朝の宋に使節を送り朝貢したことがそれぞれ記述されているが、4世紀については中国歴史書の裏付けがなく空白の4世紀とされている。
 2025年に行われたX線CTを使った七支刀の科学的調査では、錆の奥に隠れた銘文「泰■四年」が浮かび上がった。現在、東晋の「太和四年」(369年)に造られたとする説が最有力視されており、空白の4世紀を埋める新発見とされている。
 当時の朝鮮半島は高句麗と百済の緊張関係が増していた。そこで百済が倭国と友好関係を構築するために倭国に七支刀を贈ったのではないだろうか。古代史ファンには堪らない新発見だ。
 神の使いとされる鶏が放し飼いされていた。休憩所はほぼ鶏に占拠されていたが、追い払う人は誰もおらず、鶏も逃げない。
 こちらは鎌倉時代後期1318年造営の重要文化財に指定されている楼門で、正面には総理大臣など要職を歴任した明治の元老、山形有朋の筆による「萬古猶新」の額が掲げられている。
 萬古猶新は「ばんこ なお あらたなり」、古いものでも時を越えて新鮮だ、本当に大切なものは不変だということだろうか。
 白河天皇(在位1073〜1087年)寄進と伝わる拝殿は1000年近い歴史を今につなげる国宝だ。
 こちらは廃仏毀釈で廃寺となった内山永久寺に残されていた住吉神社拝殿を移築した摂社出雲建雄神社拝殿。国宝指定されているが、ほとんどの方は気が付かずに通り過ぎていた。
 そしてこちらが摂社出雲建雄神社本殿。やっぱり拝殿の方が立派だ。
 ガイドさんに布留の高橋へ行きたいと言ったら案内してくれた。
 長年ガイドをしてきたが、布留の高橋まで案内したのは初めてだという。折角、案内したのに、何の変哲もない橋を見せるのは申し訳ないと仰っていた。
 でも、ここは万葉集に「いそのかみ 布留の高橋 高々に 妹が待つらむ 夜ぞ更けにける」と歌われた歴史ある地である。
 しかもこの地の高橋にちなんだ高橋姓の方が日本全国に散らばって高橋姓を広めたと言われているので、まさに元祖「高橋」、侮ってはいけない。
ハタノ滝(ハタノタキ) 落差4m 評価4
 前回、来た時は滝つぼまで降りたが、ガイドさんがいるので自重して橋からの撮影で我慢した。
 首骨折による頚髄損傷からくる痛みは医者からもう治らないと言われている。今回は土日で、熱田神宮、枚岡神社、春日大社、石上神宮を参拝し痛みがなくなるように祈願してきた。とりわけ、石上神宮は起死回生の神社として有名だ。御利益があることを改めてお祈り申し上げます。
 滝の映像



撮影2013/2/23
 道路から少し入ったところに布留の高橋があり、滝はこの橋から見ることが出来る。
 橋から見る滝は木々の間に隠れて全体像がわからず欲求不満になりそうだ。
ハタノ滝(ハタノタキ) 落差4m 評価4
 橋を渡ったところに滝つぼまで行ける道があった。
 小さな滝だが、目の前で見るので、結構、迫力がある。滝つぼまで降りた甲斐があった。
 滝の映像




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