彦根城の滝(Hikonejyo no taki)

滋賀県彦根市金亀町3
 彦根城には玄宮園と楽々園の二つの大名庭園がある。



撮影2025/6/19
 彦根城の北東に広がる玄宮園は1677年から1679年にかけて彦根藩4代藩主井伊直興が造営し、1813年に第11代藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、今日の姿へと受け継がれてきた。
 水田があったが、領内の五穀豊穣を祈って田植え神事が行われていたようだ。
 往時の営みを思い浮かべながら歩みを進めると、やがて視界が開け、魚躍沼(ギョクヤクショウ)と呼ばれる広い池を中心とした池泉回遊式の大名庭園が広がった。
 池には優美な橋が架かり、その先には島が浮かぶ。
 島の中央には、鋭く天を指すような立石がそびえていた。島全体が鶴島で立石は鶴の頭を表現しているように見える。
 橋を渡ると、
玄宮園枯滝石組(ゲンキュウエンカレタキイワグミ) 落差3m 時間10m 評価1/10
 右前方に玄宮園の枯滝石組が姿を現す。
 そこからさらに足を延ばし、隣接する楽々園へ向かう。
 御書院は江戸後期の数寄屋造りで、もとは井伊家の下屋敷として用いられていた。
 桜田門外の変で暗殺された井伊直弼が生まれた場所としても知られ、歴史の気配が静かに漂う。
楽々園枯滝石組(ラクラクエンカレタキイワグミ) 落差5m 時間13m 評価3/10
 庭へ出ると、見事な玉澗流の枯滝石組が迎えてくれた。頂上には三尊石が据えられ、構成の妙が際立つ。
 奥書院にも枯滝石組があった。
楽々園枯滝石組(ラクラクエンカレタキイワグミ) 落差3m 時間13m 評価1/10
 こちらは滝の立石から枯れ流れが続く構成となっている。
 玄宮園と楽々園を巡るひとときは、庭園美と歴史が静かに溶け合う、穏やかな時間だった。
 滝の映像



撮影2018/5/26
 与久郎の滝へ行った後は、これまで訪れたことのなかった百名城・彦根城(50番)へ向かった。
 彦根城は徳川四天王のひとり、井伊家の居城である。城内には、豊臣秀吉が築いた長浜城から移築された重要文化財・天秤櫓が残り、往時の風格を今に伝えていた。
 なぜ猫なのか――その由来は、彦根藩3代藩主・井伊直孝が鷹狩の途中、急な雨に遭い大木の下で雨宿りをしていた際、白猫が手招きしたため近づいたところ、直後に雷が大木を直撃し、命拾いしたという逸話によるという。
 別の説では、寺の前を通りかかった直孝が、やはり猫の手招きに従って寺に入った直後に大雨となり、濡れずに済んだというものもある。
 いずれにせよ、これらが招き猫の起源とされ(諸説あり)、その寺が世田谷の豪徳寺である。境内には招き猫がずらりと並ぶが、小判は持っていない。豪徳寺の招き猫は金運ではなく「縁」を招くのだという。
 現存12天守の一つ彦根城天天守からは、明日登る予定の伊吹山がうっすらと見えた。
 城のすぐ近くには回遊式庭園・玄宮園があり、池越しに眺める天守もまた美しかった。



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