そりすべりの係の方に尋ねると「ただいま調整中」とのこと。もしかすると、この6年間ずっと調整中なのか? |
気を取り直し、近くの続百名城・小牧山城(149番)へ向かうことにした。小牧山城は織田信長が美濃攻めのために永禄6年(1563年)に築いた城で、信長が岐阜城へ移るまでの4年間で廃城となった。
短期間の運用から急造の城と考えられてきたが、近年の発掘調査により、清洲城に代わる新たな拠点として築かれた本格的な城郭であったことが明らかになってきた。 |
小牧山北駐車場に車を停め、時計回りに山を登る。小牧山には麓の「れきしるこまき」と、山頂の「小牧山歴史館」という二つの博物館があり、まずは麓の施設へ向かった。 |
信長期の小牧山城想像図には、山城でありながら石垣が描かれている。発掘調査で実際に石垣が見つかり、後の安土城や大坂城へ続く、石造りの城の嚆矢ではないかという説が有力になっている。 |
想像図の通り、大手道はまっすぐ城へ伸びている。しかし掲げられている旗は家康のものだ。これは、信長築城から21年後の天正12年(1584年)、小牧・長久手の戦いの際に家康が廃城となっていた小牧山城を改修したためである。 |
発掘は今も続いており、今後も新たな発見が期待される。 |
こちらが平成25年(2013年)に確認された三段石垣である。石垣は野面積みから打込み接ぎ、切込み接ぎへと発展していくが、小牧山城は最初期の石垣であり、もちろん野面積みだ。 |
山頂には昭和42年(1967年)、個人の寄付によって建てられた小牧山歴史館が立つ。 |
最上階からは天気が良ければ御岳山が望めるという。 |
濃尾平野が一望でき、南側には左に小牧空港、右奥には名古屋駅周辺の高層ビル群が見えた。信長や家康が軍事拠点として目を付けた理由がよく分かる眺めである。 |
小牧山を一周するのに要した時間は、ちょうど3時間であった。 |