鳴滝 (Naru taki)

長崎県対馬市上対馬町浜久須
 鳴滝は、対馬北部に落ちる落差15メートルの滝である。



撮影2025/10/6〜7
 福岡港から時速80キロのジェットフォイルに乗り、海を渡って対馬へ向かった。
 まずは金田城を訪れる。金田城は、663年の白村江の戦いで唐・新羅連合軍に敗れた大和朝廷が、667年に国防の最前線として築いた古代山城である。
 時代が下ると、日露戦争に備えて軍道が整備され、山頂近くには砲台も築かれた。
(14時00分)
 駐車場に車を停め、軍道を歩き始める。
 未舗装ながら平らに整えられていた。
 軍道から入り江が見える。
 やがて東南角石塁に出た。石塁は全長2.8キロにも及び、山をぐるりと囲む壮大な防御線である。
 金田城は海路での移動が想定されていたが、2003年度の調査で南門が発見され、陸路の利用もあったことが分かってきた。
 再び石塁を横切りながら進む。
(14時50分)
 終点にも金田城跡の石碑が立っていた。
 近くには日露戦争に備えて造られた砲台跡が残り、重厚な石組みが当時の緊張感を伝えている。
 せっかくなので山頂を目指す。
(15時00分)
 標高276メートルの城山に着く。
 山頂からは複雑に入り組んだ入り江が眼下に広がり、対馬らしい海岸線の美しさを堪能できた。
 砲台跡を上から眺めると、円形の構造がよく分かり、360度回転したのだろうかと想像が膨らむ。
(15時10分)
 帰りは軍道を戻らず、石塁に沿って一周することにした。
 最初は整備された道が続く。
 ところが途中から階段が壊れ、金具がかえって邪魔になるほど荒れている。
 斜面を降りていると、反対側の入り江が見える場所にでた。
 ロープがない急斜面を慎重に下る。
(15時45分)
 一ノ城戸に到着。城戸とは城門のことで、石垣の高さは5.9メートルにもなる。
 水門も残り、古代山城の構造がよく分かる。一ノ城戸からは海岸の大吉戸神社へも通じている。
(15時50分)
 二ノ城戸に着く。間口2.8メートルの門の形がはっきりと分かる。
(16時10分)
 三ノ城戸に到着。石垣の高さは6.7メートルに達し、迫力がある。
(16時15分)
 東南角石塁に戻り、2.8キロの石塁を一周したことになる。
(16時30分)
 ようやく入口のレンタカーが見えた。金田城の見学には2時間半を要した。
 翌日は対馬北部の鳴滝を訪れるため、前夜は東横イン対馬比田勝に宿泊した。翌朝、ホテルの窓から美しい日の出が見え、旅の続きを予感させる。
 鳴滝へは下流側からではなく、上流側から降りていく。
 鳴滝神社の鳥居をくぐった。
 橋を渡って左岸へと行く。
鳴滝 (ナルタキ) 落差15m 時間6分 評価7
 対馬は山が多いので滝も多いと思いきや、急流が少ないため意外にも滝は少ない。その中で落差15メートルの鳴滝は対馬随一の規模で、水量も豊かで迫力があった。白い水が岩肌を滑り落ちる様は、山中に響く音とともに心地よい。
 滝の映像
 滝を後にし、韓国展望所へ向かったが、あいにくの曇り空で海の向こうは見えなかった。
 手前に浮かぶ島は航空自衛隊海栗島分屯基地で、今も国防の最前線であることを感じさせる。
 和多都美神社は、彦火々出見尊と豊玉姫命を祀る竜宮伝説の神社で、本殿前の5つの鳥居のうち2つが海中に立ち、厳島神社を思わせる神聖な雰囲気が漂っていた。
 1990年に資料をもとに木造復元された金石城櫓門は、天守の代用として使われていたというだけあって堂々とした姿である。
 残念ながら旧金石城庭園は休園日で見学できない。
 塀の隙間からわずかに庭の一部を垣間見ることができた。
 万松院には対馬藩主宗家の墓所がある。長い石段を登ると歴代の墓碑が静かに並んでいた。



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