早雲寺庭園滝石組(Sounjiteien no taki)

神奈川県足柄下郡箱根町湯本地図
 早雲寺は大永元年(1521年)創建の臨済宗寺院で、北条家の菩提寺として知られている。



撮影2025/2/27
 続百名城に選定されている石垣山城(126番)へ行ってきた。
 豊臣秀吉は北条氏を攻略するため、八王子城山中城を攻め落とし、ついに小田原城を大軍で包囲する。
 その際、豊臣の威光を誇示し北条軍の士気を削ぐため、石垣山に密かに城を築き、完成後に周囲の木々を伐採して“一夜にして城が現れた”ように見せかけた。
 これが「一夜城」と呼ばれる所以である。
 入口の石垣にまず圧倒され、斜面を登ると二の丸に出た。
 本丸の石垣は一部崩れているものの、周囲をぐるりと囲む姿は壮観で、戦国の緊張感を今に伝えている。
 本丸には高層の天守があったとされ、秀吉はここで茶会を催すなど、戦時とは思えぬ余裕を見せていたという。
 伊達政宗に刀を預けて丸腰で陣所を案内した逸話や、家康に関東移封を伝えた「連れ小便」の話など、話題には事欠かない。
 本丸からは北条氏の本拠・小田原の町並みがすぐ近くに見えた。
 井戸曲輪は幾度もの地震にも耐え、石垣が最も良い状態で残っている。
 石垣山城が築かれるまで本陣が置かれていたのが、これから向かう早雲寺だ。
 境内には元徳二年(1330年)鋳造の梵鐘があり、石垣山城でも使用されたという。
 北条五代の墓も静かに並び、往時の気配を今に伝えていた。
早雲寺庭園滝石組(ソウウンジテイエンタキイワグミ) 落差5m 評価2
 最後に庭園を眺め、寺を後にした。



撮影2024/7/3
 早雲寺は箱根湯本駅から川を渡った先にある。
 観光寺院ではないためか、境内には人影がなく、静けさが深く降りていた。
 本堂の左手を進むと、北条氏五代の墓が並んでいる。
 さらに裏手へ回ると、裏山の斜面を巧みに利用した枯山水庭園が広がっていた。
 「香爐峯(こうろほう)」と名付けられた庭園は、裏山の緑と苔むした石組が調和し、何とも言えない幽玄の趣を醸し出している。
早雲寺庭園滝石組(ソウウンジテイエンタキイワグミ) 落差5m 評価2
 庭園には三つの滝石組が設けられており、これは一番西側のもの。
  中央に本尊石、左端に突き出た鶴石組、そこから流れ出る滝石組が涸れ池近くの亀石組へと続いている。
 三つ目の滝石組は一番右側にあるが、この日は本堂内および庭園前に立ち入れず、詳細は分からなかった。



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